世界は幼児で回ってる(その5)

エネルギーが有り余っているようなので、
外で発散させようと散歩に出かけました。

直太朗は最近、上着の前を開けて、
「これ、マントです」というのが流行っているようです。
それと、バイキンのようなアメーバーのような横揺れの動き。

正直、我が息子ながらイラっときます。

最寄りの公園は小さく、砂場とブランコと滑り台しかありません。

ブランコが苦手な多笑は、自分なりに楽しみ方を見つけたようで、
横に座ってゆらゆらしていました。


滑り台では、正規ルートの階段ではなく、
螺旋階段のような骨組みを昇ろうとするのですが、
山の子保育園で3メートルの竹を自力で昇った多笑のことだからと、
特に注意する気も起きませんでした。
多笑は落ちないだろう、落ちてもうまく着地するだろうという
大らかな気持ちで見ていました。


さて、いつものことですが、帰りに直太朗がぐずり始め、
駐車場でストライキ。


お母ちゃんが「禁断の手」と呼ぶ
おやつで釣る方法で何とかコンビニ経由で家に帰りましたとさ。

帰るとヒマなのかすぐにまたケンカ。
泣きわめく直太朗を多笑が変顔であやしていましたが、
原因となった何らかのおもちゃを譲らない限り泣き止むことはないだろうな
と思いながら、お父ちゃんはシャッターを切るのでした。


(夫記)  

2013年11月17日 Posted by 安斎 at 15:36Comments(0)多笑

初のトンボ捕獲はいつでしたか?

日曜日、家族で池田町の七色大カエデまでピクニックに行ってきました。
カエデは残念ながら見頃ではなく、
途中で寄った穂高にある「感謝」の美味しいおむすびを
草っ原でのんびり食べるだけの週末となりました。

しかし驚いたのは、多笑が草っ原を跳ね回るバッタや
草や木の葉先で羽根を休めるトンボを果敢に捕まえようと試み、
実際に(死にかけの老兵ではなく、生き生きとした若い)トンボを
捕まえてみせたことです。


僕の地元も田んぼや果樹園に囲まれた地域で、
虫とは切っても切れぬ縁がありましたが、
実際に自ら捕獲できるようになったのは
小学校にあがったころではなかろうかと記憶しています。

そこには、精神的な逞しさというハードルと、
肉体的な俊敏さというハードルの二つがありました。

多笑はいつの間にかその二つのハードルを越えていました。

山の子保育園に通うようになり、
毎日のようにダンゴムシを捕獲、蝉の抜け殻を採集して
精神的な逞しさを身につけていたことは知っていましたが、
まさかトンボを捕獲できるだけの俊敏さも備わっていたとは。

軽く感動を覚えた日曜日のピクニックでした。

(夫記)  

2013年10月08日 Posted by 安斎 at 22:23Comments(0)多笑

多笑の職業観

僕が遅くに帰って来ると、妻が今日の母娘の会話を教えてくれました。

多笑「たえちゃん、大きくなったら何になりたいか知ってる?」
母「クッキングアイドル?」(かねてより、多笑の憧れの人はクッキングアイドルまいんちゃん)
多笑「違う」
母「お料理する人?」
多笑「そう。レストランにお母ちゃんと直太朗を招待するの」
母「へえ」
多笑「お父ちゃんにはコックさんをやってもらいたいんだよね」
母「あれ、多笑ちゃんは?」
多笑「ジャガイモの皮をむくの」

4歳の晩夏、地味な夢です。

(写真は保育園で「いももち」をつくった日。
蒸かしたジャガイモの皮をみんなでむいたそうな)

(夫記)  

2013年09月11日 Posted by 安斎 at 22:31Comments(0)多笑